僕らはね、あの店で...

僕らはね、あの店で
時間を食べているんだよ。
江戸から伝統が受け継がれてきた時間、
職人が技術を
身につけるまでにかかった時間、
魚が水揚げされて
市場に出るまでの時間、
仕込みにかける時間。

そういうものが、
ひとつの握りに全部集約されている。
僕らはその時間に敬意を払って、
こちらの時間を差し出しているんだよ。

(その手をにぎりたい、柚木麻子)

他人が心を注いできた時間を
見ていない言動、行動というのは、
心の余裕のなさか、
気づきのなさを感じさせます。

けれども、
心の余裕のない人に
「余裕をもて」と言って、
すぐにもてるものでもないし、

気づけない人に
「もっと気づいて」と言っても、
気づけるようになるわけでもない。

相手の心に対する関心もそうだが、、
相手の時間に対する配慮というのは、
やはり、見えにくいことだけに
気づきにくいんだろう。

仕事の成果にかぎらず、
形成された人格にだって、

「時間」の厚みが
積み重なっている。

そういう違いが分かる大人に
なりたいなぁ。

(参考)その手をにぎりたい(柚木麻子)

→ 友達に、いい言葉カードを送る