人の幸・不幸

晴生ちゃんは、晴生ちゃんだ。病気じゃない。晴生ちゃんは、晴生ちゃんだ。障害者じゃない。意地を張るように、そう思いつづけた。
 人の幸・不幸は、それを見ている人の幸・不幸の反映なのだと、私はいつしか思うようになっていた。つまり、晴生ちゃんを不幸だと思いたい人は、自分が不幸だからなのだ、と。晴生ちゃんを見て「自分はああならなくてよかった」と己の幸福を確認する人は、なんて不幸なんだろうとも思った。他人の幸福をうらやむ不幸よりも、もっとたちの悪い不幸ではないかと。

(曲がり木たち、小手鞠るい)