習い性

待たされても、わたしはいらいらしたりしない。いや、内心ではいらいらしていても、落ち着いている風を装う。悠然とかまえているようにふるまう。そうこうしているうちに、それが習い性になってくる。あきらめの境地というやつだ。だって、急いだって、焦ったって、仕方がない。走れるわけでもないのだし。それにわたしには、本という心強い味方もいる。

(曲がり木たち、小手鞠るい)