思考がなければ

もしも、思考がなければ、
考えることをしなければ、
「考えてしまう」ことで生まれる
不快な気分とか、落ち込みは、
なくなるんだろうか。

そんなことを考えました。

自分が目で見た言葉、
耳から入ってきた言葉を、
自分がどう認知し、
それをどう理解するかで、
気分が生まれるわけですから。

言葉がもしもなかったら、
どうなるんだろうか。

その参考になるか、分かりませんが、
聴覚障害者の方のこと、手話のことを
本で読んでみて、いろいろと考えさせられました。

以下は、引用。

あの手話の意味はなんだろう? 日本の手話・形で覚える手話入門 、竹村茂

-引用-

(昭和40年代頃まで言われていたこと...)手話を使うと口語の力(話す力、相手の言っていることを読み取る力)が落ちるというのです。手話を導入しようとすると、「手話は言語であるかないか」が問題とされました。「手話は言語ではない」と考える人は、日本語と手話の違いを取り上げて、「ここが日本語と違うから手話は言語ではない」という論じ方をしました。しかし、日本語を英語や中国語などの他の音声言語と比べても違いはたくさんあります。
 日本語と比べて手話が言語であることを証明するのではなく、言語一般の特徴をとらえて手話が言語であることを証明する必要があります。

第3章 聴覚障害者の諸問題
1.聴覚障害と教育
口話法とは、「耳が聞こえにくくても、音を聞く練習をし、発音の仕方を訓練し、耳の聞こえる人と同じように音を出して話をする。人の話を聞くときは、相手の口の動きや表情を見て、何を言っているか理解する」ことをいいます。

補聴器の発達によって、聴覚障害児の聴覚活用が高まっています。聞く力を育てることが口話の基礎ですから聴覚口話法と言います。

手話の使用は、幼児・児童のコミュニケーション能力や概念発達に寄与すると思われます。

2.読話について
耳の聞こえない人が、相手の口の動きや表情、また場の状況や前後の文脈から音声言語を読み取り理解することを「読話」と言います。

聴者は、話をしているときに相手の顔をまじまじと見つめることはしません。聴覚障害者は、読話のために相手の顔を見続けます。そのまなざしが読話のためということが分からないと、誤解を受けることがあります。

聴者からの配慮
「分かりましたか」とは聞かないで、反応を見て、または確認出来る言い方をして、判断する。

3.手話の大切さについて
口話法にどんなに習熟した聴覚障害者でも、読話や発音は聴者にはかないません。口話法という方法を推し進めていくと、聴覚障害者は聴者に対してどんな場合でも劣等感をもって接しなければなりません。普通、どんな人間でも優れた面と劣った面を持っていて、ある場合には他人に優れ、ある場合には他人に劣るという経験を繰り返していく中で成長していくのですが、口話法だけで聴覚障害者を育てていくと、コミュニケーションという最も人間的な問題で他人に優れるという経験なしに大人になることになります。

4.補聴器
近視の人がメガネをかけると良く見えるようになります。しかし、生まれつき耳の聴こえない人が補聴器をつけても、それと同じように聞こえるようにはなりません。
 生まれつき聞こえない人が補聴器をつけても、年をとって耳が遠くなった人が補聴器をつけたときのようには聞こえません。音を耳で聞いたという経験がないからです。

 人間の耳は、自分に必要な音だけを自動的により分けますが、補聴器は雑音も含めて増幅してしまうので、補聴器を付けると雑音がうるさいといやがる人もいます。最近のデジタル補聴器は、人間の声だけをより分けて増幅することができます。また、不必要に大きな音は耳を痛めることがあるので、カットするようになっています。

補聴器をして、一対一で向かい合って話をすると、問題なくコミュニケーションがとれる人でも、会議などになると誰が発音しているか分からなくて、聞き取れない場合が多いことを知っておいて下さい。

 「補聴器をかければ聞こえる人と同じように聞こえるんだ」とは考えないでください。

 補聴器にはハウリングという現象があります。ハウリングは補聴器で増幅された音が、再び補聴器のマイクに入ることにより起こります。...ピーピーという高い音なので、聴覚障害者自身には聞こえません。

5.伝音難聴と感音難聴
鼓膜や耳小骨などの外耳や中耳に障害があって聞こえにくくなることを伝音難聴と言います。伝音難聴の場合は、補聴器をつけることで、聞こえにくさをカバーすることができます。
 蝸牛などの内耳や聴神経に障害があって聞こえにくくなることを感音難聴と言います。

 感音難聴の場合は、聞こえる音が小さくなるだけでなく、音がゆがんだり、聞こえる範囲が狭くなったりします。補聴器をつけても、人の話し声を聞き取るのが難しく、音の有る無しが分かる程度の人もいますし、まったく補聴器が役に立たない人もいます。

6.新生児聴覚スクリーニング
 生まれてくる赤ちゃんの1,000人のうち1人~2人に何らかの聴覚障害(難聴)があると言われています。この聴覚障害は、気付かれないままでいると言語の習得やコミュニケーションの発達を妨げ、知能の発達に影響を及ぼすことから、できるだけ早期(生後6ヵ月以内)に発見し、適切な支援を行なうことにより二次的な影響を最小限に止めることが大切です。

12.障害認識
「障害認識」とは、障害者が自己の障害をどう考えるかです。聴覚障害は、補聴器をしてなければ、聴覚障害があるかどうか分かりません。聴覚障害は他の障害に比べて、外見上、分かりにくい障害なので、特に障害認識が問題になります。

「ろうあ者は不幸なのではない。不便なだけだ、自信をもって歩け」
(大原省三)

3.聴覚障害者とのコミュニケーション

耳が聞こえないこと(身体機能の障害)を一時的障害と言います。耳が聞こえないために、音声言語が習得に難しさが生じる、音声によるコミュニケーションが難しい、車内放送が聞こえないなどの音声情報の取得の制限などを二次的障害と言います。

耳の聞こえる子どもは、耳からたくさんの言葉を聞いて、自然と覚えていきます。しかし、聴覚障害の子どもは、教えてあげないと言葉を覚えません。また、文字を目で見て言葉を覚えることもあります。そのために誤解をして言葉を覚えていることもあります。

筆談をするときの注意
a)文章はできるだけ短く
b)部分否定の分は使わない
NG例:この本棚の本、全部は読んでいない
c)二重否定の分は使わない
NG例:理由がないわけではない
d)比喩的な表現は使わない

ファックス・携帯電話・スマートフォン
聴覚障害者にとっては、電話ができないというのが大きな不便でした。ファックスが普及して、家にいれば連絡が取れるようになりました。

 携帯電話の普及で聴覚障害のコミュニケーションは飛躍的に楽になりました。...携帯電話のメール機能は、聴覚障害者に福音となりました。

【手話と日本語の話し方の違い】
日本語は、曖昧な表現を好む言語です。手話は、はっきりと言い切ります。
「コーヒーを飲みませんか?」を手話に置き換えるときには、日本語そのままに「コーヒー」「飲む」「ない」「か」の手話で表すのではなく、「コーヒー」「飲む」「か」にした方が分かりやすいです。
 日本語では、はっきりと言うのはよくないという考え方で、「私はその料理はまり好きではありません」という言い方をしますが、手話では、「私」「それ」「料理」「嫌い」と表すのが普通です。
 聴者が、「私」「それ」「料理」「嫌い」という表現を見ると大人げないと思うかもしれませんが、それは文化の違いであって、聴覚障害者の性格と誤解してはいけません。

-引用終わり-

言葉がなかったら、どうなるんだろう?
答えは、なかなか、見えません。