「世話するもの」がいると、…

「世話するもの」がいると、
しっかりするものだなぁ。

(糸井重里)

守らなければいけないものが
あるというのは、
かなりの重荷だったりもしますが、

生き続けよう、
がんばり続けよう、
という気持ちも育んでくれます。

原作はすでに読んでいたのですが、
映画「半落ち」(横山秀夫原作)を
昨日、DVDで見ました。

「誰のために、何のために、
 生きていますか?」

という問いかけが、キーワード。
罪を犯した人間が、
一度自殺を試みようとしますが、
「生きよう」と思いたくなる事実に出会い、
それを心に秘して、生きていく…
周囲の人間が、その秘密を探しながら、
そして、見守っていくというストーリー。

多分、ハッキリと、
誰かのため、自分のため、
を区分して生きている人は、
いないと思います。

仮に、「自分のためだよ。」と言う人でさえ、
その自分がうまく生きていくために、
時には、他人のためになることも
するわけでして…

逆に、「人のためだよ。」と言う人は、
そういうことをする自分のステータスが
好きでやっている場合もある。
つまり、それは自分のためだったりする。

ただ、自分の夢や願いが、
途絶えるときが来たとしても、
その瞬間に、自分のそれを、
他の誰かのそれに重ねることが出来れば、
気持ちは続けられる。

時には、過干渉や過保護として、
よくないケースに至る場合もあるが…

ペットでも、何でも、
世話をするものがいると、
しっかりしてくるのは、
事実のようです。子供でも…

【参考】
映画「半落ち」


人生の短さについて(セネカ)

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