「分からない」ことを
むやみに恐れたり、
ごまかして安心しようとすることこそ、
一番危険なことだと知るべきだろう。
まことに「正しく恐れる」
ということは難しいことだ。
ではどうすればよいかというと、
学習するしかないのだ。
(いのちの理由、さだまさし)
メディアから流れてくる情報を
聴いていると、
インフルエンザでも、災害でも、
世の中の事件でも、外国でも、
ただただ、なんだか怖いなぁ、
という気分になってしまうことが多い。
けれど、メディアっていうのは、
怖がらせることも、安心させることも、
興味をもたせるのも、気持ち悪がらせるのも、
すべて注目させるための「編集」があるから、
それを鵜呑みしてしまうと、
ズレちゃうこともあるかもしれない。
ちょっと分かっただけで、
ああそれなら大丈夫って
安心してしまうのも、
何も分からないからといって、
とても怖いものだと
思い込んでしまうのも、
きっと勘違いしている。
物事をちゃんと
見つめる姿がないと、
正しく恐れることは出来ない。
ちゃんと見つめようとすること、
どういうことだろうと学ぶこと。
耳ざわりのいい簡単な話だけを聞き、
ちょっと難しいことを避けていたら、
どうしようもない。
世の中の、
恐ろしいこと、不安なことが、
いつも自分の分かることばかりとは
限らない。
本当の意味で、
生活の質を落とさないためには、
知るって大切なんです。
(参考)いのちの理由(さだまさし)
No.5539