友だちがいないということは
別に問題ないんじゃないのと思っている。
腹を割って話せる人は、
そんなにたくさんはいない気がする。
(人生とは勇気、児玉清)
おとといだったか、
タモリの「笑っていいとも!」
にゲスト出演していた仲間由紀恵さんが、
「友達なかなかいないですよ」
と言ったことから始まり、
タモリさんも、
「友達なんかいなくたっていいじゃないですか」
「そんなにたくさんいなくていいですよねぇ」
「あの歌がいけないですねぇ、
学校入って友達何人できるかな?って」
「できる時はできるし、
できない時はできないんだよ」
という話の流れになっていた。
そうだよねぇ、と納得した。
友だち100人できるかな?
なんていう歌は、
たしかに微笑ましいが、
なんとなく可笑しい。
友だち100人の発想は、
ピカピカの1年生ばかりでなく、
ツイッターやFacebookの
「フォロワー数」「友だち数」競争にも
見られる。
友だちがいるフリを
しなければいけない友だちなど、
疲れるばかりだし、
その上、長続きするもんでもない。
角田光代さんの言葉に、
すっきりする。
「ひとりでいるのが
こわくなるような
たくさんの友達よりも、
ひとりでいても
こわくないと思わせてくれる
何かと出会うことのほうが、
うんと大事な気が、
今になってするんだよね。」
(対岸の彼女、角田光代)
友だちがいなくても気にしない、
と言いながら、
ツイッターやFacebookの「数」を
意識していたら、結局同じなのだ。
友だちについて勘違いしてしまうほど、
人間は寂しさに耐えられないんだろうなぁ。
(参考)人生とは勇気(児玉清)
No.5786