理解するために信じなさい。
信じるために理解するのではなく。
(アンセルムス)
どうしても、
分からない、理解できない人がいるかもしれない。
理解できたら、信じようと思っている時には、
内心、「絶対、信じるに及ばない人間なんだ。」
っていう思いが、どこかにある。
しかし、自分が信頼している人について言えば、
理解できない行動をしたとしても、
その信頼が薄まることはない。
だって、信じているから…
心の中で、
好きか嫌いかとか、
信じたいか信じたくないか、
という判断をしている自分に気づいていない。
理解できたら信じる、
という言葉は、なんとなく矛盾している。
人間の理解なんて、小さい、小さい。
よくよく理解するまで信じない、
なんてことをし続けていたら、
信じるものなんて、何もないことに気づくだろう。
理解と、信じるは、
自分の気持ち一つなのかな。