生まれてきた世界は…

世の中を見ていると、人によって世界の見え方はずいぶん違うものだと思います。

不条理な出来事や理不尽な扱いに何度も直面し、「世の中は冷たい」と感じる人もいます。一方で、多くの人の助けに恵まれ、「人生は悪くない」と感じる人もいます。同じ社会に生きていても、その受け止め方には大きな差があります。

以前、こんな言葉をいただいたことがあります。

「どんなものにも意味なんか無い。
重要なのは、どんな意味があるのかではなく、
どんな意味を見いだすかである。」

私はこの言葉に、人生経験の重みを感じました。出来事そのものに最初から意味が備わっているというより、人がそれをどう解釈し、どう向き合うかによって意味が形づくられていく面があるからです。

そのことを考える時、ユングの次の言葉は示唆に富んでいます。

引用:
われわれの生まれてきた世界は、
無慈悲で残酷である。そして同時に、
神聖な美しさをもっている。
出典:カール・グスタフ・ユング、アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝 思い出・夢・思想』(みすず書房、1972年・1973年刊)より。

この言葉を引用したのは、世界には明るい面と暗い面の両方が存在し、そのどちらか一方だけが真実ではないことを端的に表しているからです。

実際、世の中には理不尽なこともあります。しかし同時に、人の優しさや思いやりに救われることもあります。残酷さだけを見れば希望は見えず、美しさだけを見れば現実を見誤ります。私たちは、その両方がある世界の中で生きています。

だからこそ大切なのは、「世界はこういうものだ」と早々に結論づけることではなく、自分なりに考え続けることなのかもしれません。目の前の出来事は、善悪や価値が最初から決まっているとは限りません。それをどう受け止め、どう行動につなげるかによって、その後の意味は変わっていきます。

世の中は、まだまだ分からないことだらけです。そして、その分からなさこそが、人に考える力や選ぶ力を与えているのではないかと思います。

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This article was written by shu

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