多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう。

多くの先の者はあとになり、
あとの者は先になるであろう。

(新約聖書 マルコ10:31)

これは、ただ、
先の者が滅びて、
あとの者が栄えていく、
という意味だけではないだろうと思う。

もし、それだけの意味ならば、
こんな言葉がある。
中学校で学んだ(?)「平家物語」の冒頭ですね。

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。
 娑羅双樹の花の色、

 (ここからですね)

 盛者必衰の理をあらわす。
 おごれる人も久しからず。
 唯春の夜の夢のごとし。
 たけき者も遂にはほろびぬ。
 ひとえに風の前の塵に同じ。」

栄えた者は、必ず衰えるんですって。
風の前の塵に同じって、
何か、すっごく寂しい、順番待ちみたいで…

でも、今日の言葉を考えた場合、
「あとの者」が先になる時代には、
「先の者」が、「あとの者」になるわけで、
長い目で見ると、
また、「あとの者は先になる」ことがある
とも思うんだ。

それで私が思い出すのは、
サザン・オールスターズの桑田佳祐。
ほんと、息が長いっすよね。
創造性あるし…

彼は、「あとの者」になった時代においても、
何かしらの発見をしながら、
また、新たな世界を提案していると思う。
まったく新しいものではないけど…

だから、考えるに、
先の者が自分なりの道を探そうとせず、
同じ路線で競っていくだけなら、
必ず、後の者に越されておしまいになる。

でも、後になるかもしれないことを
早い段階に自覚して、自分を掘りさげ、

後についていきながらも、
まだ真似されていない新たな道を
探すことをやめなければ、
「先の者」になれると思うんだ。

さあ、これで、
「先の者」も「あとの者」も、
同じ土俵であることが分かった。

今の自分は、どっちかな…?

【参考】
集中力(谷川浩司)


人生の短さについて(セネカ)

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