赦(ゆる)しとは、踏みにじられたスミレの花が…

赦(ゆる)しとは、
踏みにじられたスミレの花が
自分を踏みにじったかかとに放つ芳香である。
(マーク・トウェーン)

アメリカの友人が言う。
アメリカは怖いよ、
何でも訴訟になってしまう社会だから、と。

確かに、そうだろう。
日本でも、最近、そんな傾向を感じる。

私もそうだが、
人間関係が遠くなり、
権利や義務だけを主張したい人間に
なってしまっているような気がするからだ。

また、テレビの法律番組が、
良い視聴率を維持できるくらい、
人々の「護身意識」の高さもうかがえる。
だから、訴訟も増えてきて、
争いは絶えない。

確かに、訴えるべき、
とんでもない事件もある。

しかし、いろんな争いを見ているうちに、
赦すという意識まで至らなくても、
「気にしない、忘れる」程度の対応で
解決できる事柄もあるように思う。

その方が、時間的にも、費用的にも、
精神的にも、かなり楽になるんじゃないかなぁ、
ってことが…

自分自身を見ても、そう思う。
やはり、人間は生もの、
生理的にどうしても感じ悪い相手もいることだろう。
いったん、そう感じると、
小さいことでさえも大きく感じられる。
その嫌悪感は、なかなか抜けきれない。

だいたいが、生理的な要因というものは、
幼い頃のトラウマなどに関係していることが
多いはずだから…
過去の経験や環境を塗り替えることが出来ない以上、
その鋭敏な感覚をごまかすことは出来ない。

でも、そういうピリピリした感覚を捨てて、
スミレになれたら、確かに、
心安らかだろうなぁ、って思う。

間違いなく、いつもそれが出来ているとは
言い切れないけど、
過去に何度か、それが出来たように思う場面はある。

それを思うと、赦し(ゆるし)の本当の意味も分かってくる。

相手のためだけでない、自分の人生のためにも…

【参考】
9つの性格(鈴木秀子)


置かれた場所で咲きなさい(渡辺 和子)

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