人に同情されることが…

不幸な人は
じつに愚かなもので、
人に同情されることが
世の中で一ばんの
幸福になるのである。

(箴言と考察、ラ・ロシュフコー)

「ここ、痛いの」

と傷を見せてくる子供は、
かわいい。

もっともっと、
かわいそうと思ってもらうために、
何度も見せにきたり、
わざと傷をつけたりする子供も
いることでしょう。

わたし自身が、
そんな子供だったかどうか、
の記憶はありませんが、

今のわたしは、
あんまりにも度々
傷を見せられると、
うっとうしく感じてしまう
性格になっています。

だから、自分では、
そういうことはやらないように
しようと思っている。

(だからと言って、
やせ我慢するのは
ダメだとも思いますがね。)

おそらく、
そういう空気が
漂っているのでしょう。

人々から同情されることが、
自分にとって一番心地よい、
一番欲しいシーンだ、
と強く願っているような人は、

私に同情を求めてこない気がします。

一方、わたしの妻は、
そういう同情を
いつも用意しているので、
寄ってくる人が少なくない。

人によっては、
会ってしゃべって、
帰ってから電話もよこして、
とキリがない。

そういう人を見ると、
なんだか前向きになることを
自分から否定しているように見えてしまう。

もったいない。

(参考)箴言と考察(ラ・ロシュフコー)

No.4171


モモ(ミヒャエル・エンデ)

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