理解するために信じなさい。信じるために理解するのではなく。

理解するために信じなさい。
信じるために理解するのではなく。

(アンセルムス)

人でも、真理でも、
自分の信じ方に、
反省を強いられるような言葉です。

自分には、どうしても、
分からない、理解できない人がいる。
理解できたら、信じようと思っている自分には、
内心、「絶対、信じるに及ばない人間なんだ。」
っていう思いが、どこかにある。

しかし、自分が信頼している人について言えば、
理解できない行動をしたとしても、
その信頼が薄まることはない。
だって、信じているから…

心の中では、
好きか嫌いかとか、
信じるか信じないか、
っていう判断をしている自分に気づいていない。

だから、理解できたら信じる、
なんて矛盾した言葉が出てくる。

人間の理解なんて、小さい、小さい。
よくよく理解するまで信じない、
なんて、本当にそれをしていたら、
信じるものなんて、何もないことに気づくだろう。

理解しようと努力する前に、
本当に、それを信じたいか、
その人を信じたいか、
自分に聞いてみたらいい。

そういう自分の本音を
自分の前に見せない限り、
自分へのウソばかりが続いてしまう。

そして、気づいて、
信じたいというのなら、
分からないことが多くても、
とりあえず、信じてみましょ。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)


人生の短さについて(セネカ)

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