偉大な事業とは、
非凡な人々によって
つくられたものではない。
平凡な人々が
非凡な結果を出すからこそ、
偉大なのである。
(はじめの一歩を踏み出そう、
マイケル・E・ガーバー)
自分の平凡さに、
嘆く必要はないよ。
また、自分の非凡さが、
何かを約束しているかのように
勘違いしてもいけないよ。
平凡さが、時に
謙虚さとパワーをもたらすこともあれば、
非凡さが、悩みと苦しみ以外、
何ももたらさないこともある。
そもそも、平凡さも、非凡さも、
人間の過去の経験からのみ
判断されたことだから、
一人一人の人間の未来における
平凡さ、非凡さなんて、
わかりっこないんだよ。
だから、今の自分の
「平凡さも良し」としよう。
こんな詩を思い出した。
「大きなことを成し遂げるために
力を与えて欲しい、と求めたのに
謙遜を学ぶようにと
弱さを授かった
より偉大なことが出来るようにと
健康を求めたのに
より良きことが出来るようにと
病弱を与えられた
幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧弱を授かった」
(渡辺和子「愛することは赦されること」)
【参考】
働くことがイヤな人のための本(中島義道)