喜びの深きとき、憂いいよいよ深く、
楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。
これを切り放そうとすると身が持てぬ。
…
金は大事だ。
大事なものが殖えれば
寝る間も心配だろう。
嬉しい恋が積もれば、
恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。
(草枕、夏目漱石)
大事なものが殖えれば、
心配することが多くなる。
なるほど、です。
こんな言葉もあります。
「働く者は食べることが
少なくても多くても、
快く眠る。
しかし飽き足りるほどの富は、
彼に眠ることをゆるさない。」
(旧約聖書 伝道の書5:12)
守るべきものと言うか、
固執するものが増えると、
安心できる時間もなくなるでしょうね。
落語に、「水屋の富」というのがあって、
これが面白いんですよ。
昔は、井戸というものがあったわけですが、
あれは、飲み水用というよりは、
生活用水だったそうです。
そこで、水屋という商売が登場します。
毎日のことですから、やはり、忙しい。
その水屋に、「富くじ」で
800両という莫大なお金が当たります。
(今で言えば、「宝くじ」でしょうな…)
当たったはいいけど、
水屋という商売上、
次の商売人が見つかるまでは、
人様に迷惑をかけることが出来ず、
水屋を続けます。
でも、家に隠しているお金が心配なんですな。
夜になれば、強盗が押し寄せる夢を何度も見る。
仕事のために家を出る時には、
家を振り返るたび、通りがかりの人が、
怪しく見えて、家にすっとんで帰っては、
お金を確かめる。
そんなことをしていると、
水屋の仕事が遅れて、
お客さんにも叱られる。
おかげで精神は磨り減ります。
行動も怪しくなり、とうとう、
通りがかりの盗人に気づかれ、
仕事に出かけた後、まんまと盗まれるわけです。
帰ってきた水屋が一言。
「ああ、これで苦労はなくなった。」と。
幸せなのに、
幸せでないふりをして、
生きるのは難しいです。
でも、その幸せがあってもなくても、
幸せな気持ちが続くようにするためには、
幸せは束の間かもしれない、
と思っておくのも、いいことでしょう。
恋わずらいも、そんな感じでしょうか。
【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)