われわれは皆、他人の不幸には…

われわれは皆、他人の不幸には
耐えていく力を持っている。

(英語)
We all have strength enough
to bear the misfortune of others.

(ラ・ロシュフコー)

なんか、皮肉っぽい言葉ですけど、
自分を見ても、そうだよな、
って思います。
(特に、冷たい人間でして…笑)

だから、マスコミの報道にも、
踊らされて、テレビに釘付けに
なったりしてしまう習性も見えます。
自分のなかに…

たとえば、今、
報道されている事件でも、
その悲惨さにかわいそうと思いながら、

マスコミが、次のスクープを
取りあげれば、自分の心は、
そちらに引っ張られてしまうんです。

でも、その前に起きた事件の傷跡は、
その人たちの中から
消えているわけじゃあなく、
ただ、私たちが忘れてしまっただけ。

そんな自分たちの習性が分かれば、
他人の不幸や失敗を、
たいしたことないと思ったとしても、
簡単に口にしちゃあいけないんだろうな、
と思います。

そこを口にしたり、
自分の不幸だけが、
あるいは自分の不幸の方が、
かわいそうだという顔で生きているから、

「誰にも理解されない」
なんて感情ばかりが残ってしまうんです。

相田みつをさんの言葉が思い浮かびます。

「だれにだって あるんだよ
 ひとにはいえない くるしみが

 だれにだって あるんだよ
 ひとにはいえない かなしみが」

そんな思いで、
自分と他人の不幸を思えたら、
幸せが見つかるような気がします。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)


人生の短さについて(セネカ)

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