まったく、今が不幸だなんて思いこむのは…

まったく、今が不幸だなんて
思いこむのは愚かしいことだよ。

いつの日か、
もっと不幸なことが
起きるかもしれないのに。
(その時、どうするのさ…)

(英語)
It is indeed foolish to be unhappy now
because you may be unhappy
at some future time.

(セネカ)

不幸の引受人というのが、
やっぱり実在するんじゃないか、
と思う。

とにかく、自分ばかりが
不幸だと思っている。
それが、自分のアイデンティティ
(自分が自分であることの証明)
と勘違いしているらしい人。

元看護婦の知人に、早朝から、
「自分の子供の具合がどうだ、こうだ。
 どうすればいい?」
などと、週に一度は電話をしてくる女性が
いるらしい。

穏やかに説明すると、
「いや、でも、…」と必ず返答する。
どうしても、自分を「不幸」の領域に
位置づけておかなければいけない様子。

別の日に会ったりして、
そのことを気遣ってみれば、
「ああ、あれね、ただの風邪だった」
というのが、いつもの調子。

なんだろう、悲劇のヒロイン症候群とでも
言うのだろうか。不幸であることの方が、
自分が注目されたり、同情されるように
勘違いしているんだろうか、やっぱり。

今が一番不幸だ、最悪だ、
と騒いでみても、
まだまだ、残りがある人生。

その残りも含めて、
その不幸や最悪を宣言しているのかな?

もしかしたら、
不幸や最悪の事態も、
チャンスになるかもしれないのに。

みんながみんな、
それが可能とは言い切れないけど、
そういう気概をもって生きていける人は、
どこかで、その不幸のレールから
幸せのレールに乗り換えられるはずだよ。

不幸は、不幸なままでは終わらないよ。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)


人生の短さについて(セネカ)

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