愛されたいと願うのは、愛したい気持ちが足りぬから。

愛されたいと願うのは、
愛したい気持ちが足りぬから。

(吉田拓郎)

私がまだまだ
よく分かっていない「愛」です。

ただ思ったことを書くとすれば、
愛したい気持ちが、
愛されたい気持ちを超えるとき、
考えることも変わってくるのでしょう。

多分、相手の心を
ひきつけたい思いと同時に、
自分がもっと成長したい思いも
強くなっていくはず。

人を好きになる、ということは、
相手と感情を交わすことにもなるけど、
自分の心に新しく生まれたその感情と
うまく付き合う必要もでてくる。

出会いだけが、
愛の経験じゃあない。
別れも、それになる。

愛することも、
愛されることも、
愛さないことも、
愛されないことも、
どれもが「愛」を求めてやまない
人間の感情の一部。

もしかしたら、何の苦労もせずに、
「愛されている」ように
見える人もいるだろう。

そして、いくら頑張っても、
「愛されない」と感じる人も…

他人と同じ愛され方を夢見るよりも、
まずは、自分の「愛し方」を
探してみたいですね。

ただ、その「愛し方」が、
「愛され方」の裏返しにならないように。
よくありがちだから…

愛について分かっていることは、
まだまだ少ないと思うばかりです。

【参考】
アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス)


置かれた場所で咲きなさい(渡辺 和子)

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