もし、この世のすべてのものが理性的だったら、…

もし、
この世のすべてのものが
理性的だったら、
なんにも起こることは
なかっただろう。

(英語)
If everything on earth was rational,
nothing would ever happen.

(フィオドア・ドストエスフキー)

聖書をさかのぼると、
アダムとイヴが出てくる。

イヴが禁断の実を食べたことは、
理性的というよりも、
感情的な理由だったかもしれない。
それに対して、アダムは、
理性的な理由で食べたようだ。

夫婦と定められたのに、
一人がエデンの園から追放され、
一人がエデンの園に残ったのでは、
夫婦になりえないから。

人類の始まりをここに置いて、
話を始めれば、まさしく、
理性的でない理由から、
人類が始まったことになる。

これと同じように、
現代でも、感情的な理由で、
さまざまな問題が起こりやすい。
だからと言って、理性だけで、
それが解決されるかと言えば、
そういうわけでもない。

理性をともなった感情で、
問題は解決されていく。

そんな理性的でない問題から、
理性も、感情も
成長していくのだと思う。

そして、一方、
成長していない人の感情は、
あいかわらず、どこでも問題を起こし、
トラブルメーカーになるわけだ。

不本意ではあるけれど、そうやって、
トラブルメーカーの周囲の人間たちは、
成長させられる。

世の中は、完全ではないけれど、
そういう成長の機会があるとすれば、
そういうチャンスがたくさんある、
という意味では、「完全」だと思う。

理性は、どんどん成長するのだ。
トラブルメーカーの側にいない限り…

【参考】
人生の旋律(神田昌典)


こころの処方箋(河合 隼雄)

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