壁がそこにあるのには、理由がある。…

壁がそこにあるのには、理由がある。
僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。

その壁の向こうにある「何か」を
自分がどれほど真剣に望んでいるか、
証明するチャンスを与えているのだ。

(最後の授業 ぼくの命があるうちに、ランディ・パウシュ)

毎日、壁にぶち当たる。

それは、きっと
チャレンジする心を
失っていないから…

壁にぶち当たらなかった日は、
休んでいた日か、逃げていた日
かもしれない。

もちろん、時には、
そんな日も必要だろう。

けれど、
壁にぶち当たるべき日には、
自分の真剣みについて、
まず自分でたしかめるために
ぶち当たってみないことには
自分のことも分からないのだ。

たぶん、本気だ、
きっと、真剣だ、
もう分かっている。

そんな簡単に、
自分のことを分かるわけがない。

分かっていないから、
また壁にぶち当たるし、
人生も短いようで長い。

人生の十分な長さは、ぶち当たる壁の多さ、
それを乗り越えるために必要な時間の長さを
語っているんだと思います。

どれほど真剣に望んでいるか、
時には、厳しい自問になるでしょう。

今日も、がんばるぞ!

(参考)最後の授業 ぼくの命があるうちに(ランディ・パウシュ)

No.2641


人生の短さについて(セネカ)

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