オソイホド ハヤイ

オソイホド ハヤイ

(モモ、ミヒャエル・エンデ)

遅いほど、速いものなーんだ?

なんだか、
クイズ、子どものなぞなぞ、
のような言葉ですが、
理解の方法を変えると、
ちょっと見えてくる気がします。

遅く進んでいる時ほど、
見えているものがゆっくりになるから、
理解するのが速い、と。

しかしながら、
現代は、そんなゆとりさえ
与えられず、
速く進んでいる中で、
速く理解するよう、
急かされているような人が
少なくないかもしれません。

とは言っても、
遅く進んでいるからこそ、
見える「見え方」がたしかにあって、

本を速読で読む場合には
気づかないことが、
精読では気づく。

もちろん、
精読で気づいたことが、
本当に役立つことかどうかは、
分かりませんが、

その気づいたこと、
っていうのが、
どこか見えないところで、
自分の糧になっていて、
心の奥底の部分で
支えとなることもある。

速さで得られるものと、
遅さで得られるものは違う。

おそらく、物事によっては、
急げば急ぐほど、
理解することが遅くなり、
前に進むことができない、
という現象もあるんじゃないだろうか。
人の気持ちとか、自分の気持ちとか…

(参考)モモ(ミヒャエル・エンデ)

No.3286


道は開ける(ディール・カーネギー)

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