見栄というものは世間がないと…

見栄というものは
世間がないと
生まれないものである。

(役に立たない日々、佐野洋子)

人は、
冷たい世間の空気を感じると、
こんな世間と同じ空気をもつ人間には
ならないようにしようと思う。

あるいは、
どうでもいいことを
騒ぎ立てる世間の空気を感じて、
虚しいな、なんて思ったりもする。

けれども、
そう言いながらも、
どうしても、その世間を
意識せずにはいられないのが人間。

どう思われるかを
気にし始めれば、
自分の身なりなり、
行動や持ち物も、
話し方から食べるものまで
変えたりすることもある。

そんな世間を
意識しなかったら、
きっと、そんなことは
しなかっただろうことまでする。

人は、
世間に守られながら、
世間に振りまわされ、
自分の生き方を
見失っていたりもする。

見栄を張って、
ずーっと続くわけでないものを求め、
ずーっと続けるわけじゃない行動もする。

そんな見栄を張らせる、
世間のパワーっていうのはすごい。

もちろん、見栄が、
何かの拍子に、
いい動機に変わることもあるから、

見栄のすべてを
否定もできない。

ただ、見栄では、
世間も自分も手に入らない、
ってことは確かだな。

見栄は、見栄でしかない。

(参考)役に立たない日々(佐野洋子)

No.3719


モモ(ミヒャエル・エンデ)

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