問題が何か、
ということが分かるのは、
たいてい何度も間違ったあとだ。
でも訓練を積んだ人は、だんだん
それを見つけ出すのが上手になる。
(ペンギン・ハイウェイ、森見登美彦)
犯人はコイツだ、
という思い込みをさせておいて、
最後の最後には、
まったく予想もしない人間が
犯人だったと驚かせてもらえなければ、
推理小説はあまり面白くない。
かと言って、あまりにも、
現実味のないトリックで
犯人が分かりにくくなっていては、
作家がずるをしたようでつまらなくなる。
観客という立場の時には、
適度に難しく、
適度に分かりやすい問題でないと、
きっと好奇心が続かないのだ。
自分自身の問題については、
人は観客という立場に
身を置くことができず、
かんたんに見つけることが
出来なかったりする。
冷静さを失うことが多いからだ。
それでも、
問題の断定について、
何度もミスを繰り返しているうちに、
人はそのクセが分かってくる。
どこを見ればいいか、
どこを切り口にすればいいか、
どの角度から見ればいいか…
そういうふうにして、
問題の本質を見られるようになれば、
次に迫る問題の本質も予測しやすくなる。
そして、だいたいにおいて、
問題のレベルはアップしていくから、
そうでもない問題については、
扱いが慣れてくるはずなのだ。
No.3935