信じたいほうを信じればいい…

問題がなければ
信じたいほうを
信じればいいんじゃないの。

(残穢、小野不由美)

裏切られた
と思っている人が、

「なにを信じたらいいの?」

とよく言う。

けれど、
信じきるというのは、
裏切られてもいいという覚悟で、
信じているはずのことだろうから、

信じたというか、
願っていた通りのことがなくても、
「裏切り」ということはない。

だから、
どちらかというと、
裏切られたという感情は、

信じきっていない時、
逆にいえば、
本当は疑っていた時に、
生まれる感情じゃないだろうか。

信じている、
という言葉は、
場合によっては、

思いどおりになることを
期待しているという意味でしかなく、
受け入れる覚悟ができていないことが
多いのだ。

結局のところ、
人は、信じたいことを
信じていることが多い。

ホントかどうか確かめる前に、
ホントだと分かってからでさえ、
信じたいことを信じている。
そう願いながら、信じてるだけ。

そういうことが分かって、
自分の信じていることと
向き合っているほうが、
きっと気楽だ。

(参考)残穢(小野不由美)

No.5667


道は開ける(ディール・カーネギー)

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