信じてだまされるのは、まことのものを疑うより…

信じてだまされるのは、
まことのものを疑うより
どれほど優っているだろう。

(出家とその弟子、倉田百三)

皆さんは、疑心暗鬼と化した人間を
見たことがありますか?

私は、あります。
会っただけで、
心が狭苦しくなる経験でした。

すべてのものを疑い、
すべてのものに
だまされるんじゃないかという視線を投げかけ、
一度信じれなくなると、
もう関係を修復するチャンスを、
自分にも、他人にも与えないのです。

そうなることは、
本当に悲しいこと。
その人の目には、
ほとんどの真実でさえも、
ウソに見えてしまうんですから…

私たちの中にも、
そんな「疑い深い」面が
いくらかあります。そして、
そうなってしまった背景には、
おそらく、トラウマやコンプレックスが
あったことでしょう。

しかし、
「真実でさえも、疑っているじゃないか?」
という問いかけを、自分にしてみましょう。

それは、本当にもったいないからです。

以前紹介しましたが、
ニール・A・マックスウェルが
こう言っています。

「疑いや失望は、たんぽぽのように、
 ほとんど何もしなくても、
 芽が広がっていきます。」

それぞれの個性の違いもあるでしょうが、
何もしなければ、疑いは広がってしまうのです。
心を広げる努力が必要ということでしょう。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)


こころの処方箋(河合 隼雄)

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