他人のスキャンダルが解決されるのを真剣に望む人などいやしません。

他人のスキャンダルが解決されるのを
真剣に望む人などいやしません。

(だれもあなたのことなんか考えていない、
 ロジャー・ローゼンブラット)

例外はありますが、皮肉的な言葉として、
この言葉は当たっていると思います。

その例外とは、自分の身近な人間や
自分に真摯な関心を持っている人のことです。
本当に、解決を望んでいることでしょうから…

芸能ニュースなんか、いい例ですよ。
そういう心理を知っているメディアが、
そこをターゲットに報道をしている
わけですからね…

スキャンダルの渦中にある人が、
何かを弁明すればするほど、
メディアは面白く報道するものです。

以前、スキャンダルの渦中にいるとされた方が、
怒ることもなく、
「今は、待ちたいと思います。」と
コメントされたのを聞いたことがあります。
正解だったと思います。

記者やリポーターは、
「どうしてですか?」
「何か言えない理由でもあるんですか?」
「私たちには知る権利があるんですよ」
と騒いでいましたが、その方は賢明でした。

1週間もすると、その件は、
メディアにとりあげられることも
なくなったわけですから…

自分の過ちがとりだたされた時、
この原則を覚えていて、損はないでしょう。

人々は、真実を知りたいのではありません。
好奇心で聞き出そうとしているか、
自分の予測が間違っていないことを
知りたいだけなのです。
そして、ほとんどの場合、それは
「絶対に、クロだ」という予測でしょう…

賢明な方なら、自分の悪さ加減は、
自分が一番分かっているはずです。
何も弁明しなくても…

【参考】
さぶ(山本周五郎)


常識にとらわれない100の講義(森博嗣)

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