あとになってしまえば、みんな笑い話、だよ。ぼくらが生きて、いたってこともさ。

あとになってしまえば、
みんな笑い話、だよ。

ぼくらが生きて、
いたってこともさ。

(奇跡の人、真保裕一)

お盆が来て、
お墓の前に行くと、
故人をもつ人は、いくらか
思い出すこともあるわけで…

つらかったことも、
楽しかったことも、
スッキリした気分で思い出せたら、
自分は縛られていないこと。
何からも…

今、自分の身の回りで
起きている出来事だって同じ。
もし、10年経ったら、
これをどんなふうに思い出すんだろうな、
そんな風に考えてみたらいい。

おそらく、笑える話か、
たいしたことのない人生の一コマに
なっていることだろう。

生きていたこと自体を、
笑われるってんで、
真剣に生きることを
放棄しちゃあいけない。

生き方には、
いろんな視点があるって
感じればいいんだよ。
そう思う…

仮に、目的地は一つだとしても、
また、そこまでの地図、磁石も
一種類しかないとしても、だ。

そこから、いろんな道を見出せるはず。
そして、目的地に着いたら、
その道のりの失敗を笑えるんだ、
と思って、進んだらいい。

笑え、笑わせろ、笑おう。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)


人生の短さについて(セネカ)

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