どう死ぬかは問題じゃない。どう生きるかが問題だ。

どう死ぬかは問題じゃない。
どう生きるかが問題だ。

(英語)

It matters not how a man dies,
but how he lives.

(サミュエル・ジョンソン)

子供とよく散歩に行くのですが、
途中に、墓地があるんです。

大きなものから小さなものまで、
いろんな墓石が並び、時々、
墓にはどんな意味があるんだろう…
って思います。

以前の会社の先輩(女性)が、
彼女の義父が亡くなった際に、
メールを下さいました。
その用件は、インターネットで、
「いい墓石屋さんを探すにはどうする?」
とのこと。

もちろん、墓石のことなぞ
分かる私ではありませんが、
いろいろ考えたり、
心当たりを探して、
メールのやりとりをしているうちに、
先輩のメールにあった一文に
目がとまりました。

「最後は、見栄えと値段で
 決まりそうだね。」と。

私としたことが、
見栄え(みばえ)の「え」を、
読み落として、
見栄(みえ)と読んでしまったんです。

そしたら、先輩も賢明な方でして、

「本来、『見映え』と
 書くべきだったんだね。
 笑える。でも深みのある笑いだよね。
 …
 仏壇もお墓も葬式と同じで、
 残った私たちが
 どれだけいいものを準備できるか?
 「見栄」の塊みたいなもの。
 高価なものだったら、本当に、
 お義父さんが喜んでくれるか?
 それは疑問。
 手を合わせて、
 お義父さんの写真に向かって、
 心の中で会話する。
 とても安らかな気持ちになる。
 …
 こんな目に見えない意志疎通を
 大事にしていきたいと私は思う。」

死は、生きていた人の人生と、
それをふりかえる人々の人生との
境目。

その瞬間だけに、
何か凝縮できるものでもない。
まして、死後を
美しく飾りたてることも、
本当は出来ない。

やっぱり、生きていた日々が、
その最後の死をも飾るわけで…

小さい墓に、
小さくなった骨をうずめても、
満足が残るような人生でありたいです。

【参考】
エイジ(重松清)

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