わたしの話を信じない人がいても、…

わたしの話を信じない人がいても、
とがめません。

自分で経験していなければ、
わたし自身も信じなかったでしょう。

(英語)
I don’t blame any one
for not believing my history.
If I had not experienced what I have,
I would not have believed it myself.

(ジョセフ・スミス)

自分の話を人に信じさせたい時、
分かってもらいたい時、
こんな気楽さがあってもいいと思う。

自分でさえも信じない話、
そう思って
自分のことをとらえていたら、
怒ったり、ムキになったり
する必要もない。

何事も信じる、信じないは、
その人それぞれの背景に
影響することが多い。

だから、強要できない。
自分だって強要はされたくない。

信じさせること、
人を変えること。
それは、時間の必要なこと。

何か大きなハプニングがあって、突然、
信じなければいけない、あるいは、
変わらざるを得ない状況になる人も
いるだろう。

でも、だいたいは、ゆるやかな変化…

ゲームや映画のように、
劇的なんかじゃあないケースの方が
圧倒的に多い。

信じあえるチャンスを、
お互いに逃さないように。

【参考】
だれもあなたのことなんか考えていない(ロジャー・ローゼンブラット)


常識にとらわれない100の講義(森博嗣)

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