教養とは、自分とは別の価値観も…

教養とは、
自分とは別の価値観も
許容することだ。

(頭がいい人、悪い人の話し方、樋口裕一)

「あの人は、教養があるねぇ。」
という褒め言葉が、
まちがって使われると、

教養主義が、単なる
「頭でっかち主義」になる。

芸人とかでない限り、
あるいは、それによって
何か免除されるなどの
得でもない限り、

ふつうは、誰も、
バカに思われたくない。

しかし、その感情が手伝って、
いろんなウンチクや知識を
しゃべり出したりする。

すると、だんだん、
ボロが出てくることになる。

だからと言って、
「教養なんて意味ない」
という結論にはなって欲しくない。

「頭がいいヤツに、
 ろくなもんがいない」
という結論も、おかしい。

問題なのは、
「教養があると思っている人間」であって、
教養には何の罪もないのだ。

焦らなければいいと思う。
今、自分の見方を変えてやろうとか、
今、ギャフンと言わせてやろうとか、
そんなことを思うから、
「教養のなさ」を証明することになる。

ゆっくり、ゆっくり、
許容していこう。

【参考】
頭がいい人、悪い人の話し方(樋口裕一)


人生の短さについて(セネカ)

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