他人が、私たちの実績や経歴で私たちを扱っているうちに、…

他人が、私たちの実績や経歴で
私たちを扱っているうちに、

私たちは、
自分が何をなしうるかを感じて、
私たちを扱うことにしよう。

(英語)
We judge ourselves by
what we feel capable of doing,

While others judge us by
what we have already done.

(ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー)

もし、実績がないから
ということで、
何のチャンスも
与えられなければ、
実績なんて積み重なるわけがない。

しかし、実際、
チャンスなんていうものは、
与えられないと思う。

自分でつくっていくしかない。
実績が積み重なるようなところに
入り込んでいくしかない。

これからの自分に、
何が出来るかを感じて、
そういう方向にあったところを
探していくこと。

そうしなければいけない。

チャンスが与えられないことを
嘆くよりも、
チャンスをつくれない発想を
嘆いた方が賢明だ。

人は、過去で判断する。
判断されたくなくても、
事実はそうだ。

そして、自分たちにも、
往々にしてそんな傾向がある。
同じ人だから…

そこには、複雑な問題もあったりする。

すでに、実施している国もあるが、
いろんな犯罪が増えるなかで、
前科者の近くに住む人々に、
犯罪歴を知らせようという動きがある。

ある意味、法的に
レッテルを貼られるわけだ。

自分に危険が及びそうな気がすれば、
それを奨励したくなるだろうが、
そういう恐れがなければ、
おそらく前科者の更正のチャンスを
養護したい気持ちになるだろう。

過去の扱いというものは、
ややこしいものである。

【参考】
経験と教育(ジョン・デューイ)


常識にとらわれない100の講義(森博嗣)

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