治めるとは、選ぶということ。…

治めるとは、
選ぶということ。

選べないことが出てくると、
治められないことも出てくる。

(英語)
To govern is to choose.
To appear to be unable to choose is
to appear to be unable to govern.

(ニゲル・ローソン)

不思議なことです。
その通りですから…

選べない状況というものを
想像してみた場合、
以下のような気がします。

1つは、優柔不断なために、
選ぶことを恐れている時。

2つ目は、選択を誤ったり、
選ぶことを延ばしすぎたために、
かなり厳しい選択だけが残っている時。

これらは、
自分を治める、家庭を治める、
組織を治める、国を治める、
どれにも共通することでしょう。

しかし、最後の1つは、
関わる人々の数が多い場合に
起こりえる現象です。

それは、何かを選んだ際、
誰かにとっては益となり、
誰かにとっては損となる時。
(選ぶのは、難しい…ですよね。)

選ぶ責任のある人は、
苦渋の選択をすることになり、
損となる人々に対しての、
説明もしなくちゃいけないでしょう。

おそらく、説明をしても、
すべて納得されるとは限らず、
いろんな反論、時には、
直接的な妨害でさえ、
出てくるでしょう。

しかし、それだからと言って、
後になって、選択を変えると、
まさに「治められない」状況が来ます。

選ぶ時には、注意が必要。

1回決めたことを変えると、
自分の威信に関わってしまう、
というような理由で、
ギリギリまで粘る人もいますが、
どうなんでしょう。

そんな威信を、
気にしなければいけない状況になる前に、
やらなければいけないことが
あったかもしれません。

あなたの身のまわりで、
うまく治めている人いますか?

【参考】
何があっても大丈夫(櫻井よしこ)


道は開ける(ディール・カーネギー)

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