わたしの存在そのものが質問なのだ。…

わたしの存在そのものが
質問なのだ。

その答えを知りたくて
生きてるんだ。

(寺山修司)

昨日(2006-1-17)の国会。
証人喚問において、
質問が下手な議員さんが
いらっしゃいましたね。

あの姿を見た
その議員の支持者たちは、
どう思われたことでしょう?

「おお、立派な姿で
 話していらっしゃるなぁ」

と感じたでしょうか。それとも、

「ガキの使いでもあるまいし、
 なんと思慮のない質問か」

だったのかでしょうか。

質問というのは才能だと思います。
そして、もちろん、
伸ばすことが出来ます。

質問は、自分の頭の中で、
どんな答えが返ってくるかを想定し、
それじゃダメだ、これもダメだ、
みたいな試行錯誤を何度も
しなくちゃ、いい質問は出てこない。

もちろん、質問する意義や目的も
ちゃんと分かっていなくちゃいけない。

頭の中で、それを考えられない人は、
いい質問が出来るわけないのです。

自分の人生にも、
それは影響することでしょう。
「今の自分にとって大切なことは何か?」
というようなシンプルな質問にさえ、
ちゃんとした答えが
出せないことになりますから。

本当のところ、
「知りたい」という気持ちが
欠如しているんだと思います。
だから、質問が磨かれない…

弁護士くらいの質問能力は
求められないとしても、
「本当に知りたい」気持ちを
育まなくちゃ、何も知ることなんて
出来ないのです。

ちゃんと求めていますか?

(参考)質問する力(大前研一)


こころの処方箋(河合 隼雄)

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