信じきっている状態と、
頑固な状態には違いがある。
私はいまだに、
その違いがハッキリはしない。
しかし、
ハッキリしていることもある。
ひたすら石壁に頭をぶつけていれば、
いつの日か、その壁が石であること、
頭が「生もの」で血が流れることを
見ることになるのだ。
(英語)
There is a difference between
being convinced and being stubborn.
I have not certain
what the difference is,
but I do know that
if you butt your head
against a stone wall long enough,
at some point you realize
the wall is stone and
that your head is flesh and blood.
(マヤ・アンジェロー)
結果から見れば、
石壁に頭をぶつけるなんて、
なんてバカげたことを…
と思ってしまう。
しかし、自分でさえ、
血が流れて痛みを感じるまで、
それを分からない人間かもしれない。
時には、見栄っ張り根性で、
血が流れて痛みを感じていながら、
人前に出る時にはその血をふきとり、
それでも続ける人間もいたりする…
もちろん、壊せる壁もある。
それをあきらめる必要はない。
そこは、信じ切って進めばいい。
一方、思い込みで、
壊す方向を間違っている場合もある。
それなのにあきらめないのは、
プライドにしがみついてばかりで、
情報を集めたりしない人間にありがち。
失敗は失敗。
早く認めなくてはいけない。
認めたうえで、再スタートすれば
いいだけなのだから。
その再スタートが遅れれば、
私たち「生もの」の時間は、
どんどん減っていくばかり。
スタート時点では
分からないかもしれないけれど、
それが信念だったか、
思い込みだったかは、
いつか分かるんだよねぇ。
変わらないのが美徳、
とも言えますが、
変わるのも美徳だと思います。
(参考)ブスの壁(西原理恵子)