100%の自分なんてどこにもない。
(坂本龍一)
自分の力を100%出そう、
というのは、子供の頃に
よく言われる言葉。
わたしも、自分の娘らを
そんな言葉で励ましたりする。
しかし、
よく考えてみると、
この言葉って変かもしれない。
そもそも、
自分の力とは何か。
たとえば、
応援がある時とない時の違い。
何かにハングリーになっている時と、
とても平安で満ち足りている時の違い。
そういうものを無視して、
自分の力を100%出そうとすることが、
果たして、
「100%の自分」になることか。
自分の力を100%出す自分は、
本当の自分じゃないのでは…
という気もする。
100%出せる状況になっている自分は、
いつもとはちょっと違う自分。
何かに追い込まれているとか、
ハイテンションな状態になっているとか、
ある意味、特別な状態じゃないですか。
だから、
自分の力を100%出すのと、
100%の自分っていうのは、
違うことだと分かったんです。
そして、100%の自分っていうのは、
いろんなものを抱えている自分で、
たくさんの矛盾もあるから、
100%スッキリしたカタチで
表現できるわけもなく、
つかみどころがないかもしれない。
自分の力を100%出せても、
自分なんて分からないのです。
分かるのは、
その時点での自分の力であり、
自分の中にあるものでしょう。
そう考えると、
自分探しの旅っていうのは、
難しいものだと感じます。
(参考)PLAYING THE PIANO/05 (坂本龍一)
No.2558