「何にも縛られず自由でいたい」
とみんな思います。
それはとても大事だし、
それでいいのですが
「いったんどこかに収まってみる」
というのがなければ
「それを壊してひとつ大きくなる」
ことができないのですよ!
「額縁」は何度でも変えていいんです!
(はたらきたい。、ほぼ日[フランソワーズ])
生まれたときから死ぬまで、
まったく自由に生きられる
ってことは、まずない。
不可能だ。
親から育ててもらうとか、
だれかの世話になって初めて、
成長していく。
そして、そこで、
その「育ててもらう」とか、
「世話になっている」ことが、
ちょっと息苦しくなって、
自由になりたいって思い始める。
育てられていた環境から
ちょっと離れて、
働くという時間が増えると、
自分で稼いでいる
っていう時間が、
なんだか嬉しく感じられる。
けれど、そのうち、
見えるルール、見えないルールに、
なんだか縛られている感じがしてきて、
自由になりたいって思い始める。
人は、どこかから自由になって、
どこかに入り込むと、
その度に、別の新しい自由が
欲しくなる。
それは、決して、
悪いことじゃないけれど、
そこの束縛のなかで
十分に学んだかってことが
大切な気がします。
十分に学んできたなら、
新しい自由を求めてもいいだろうし、
その求めた代償として
自分の方に求められる責任にも、
ちゃんと応えたらいいのだ。
人生は、
束縛→学び→自由の
サイクルが続くんだと思います。
No.3840