何べんも何べんも…

愛するとは、
何べんも何べんも
ゆるすことだ。

(ひつじが丘、三浦綾子)

何べんも何べんも
ゆるせるほど
愛せるだろうか、
愛を持てるだろうか、
と自問してみると、
うー出来ないだろうなぁ、
って思ってしまいます。

そして、
愛を誤解すると、
ゆるしていることと、
甘やかしていることの違いも
分からなくなりそう…

本当の愛は、無条件。
しかし、甘やかすとは違う。

相手の更生になるなら、
何度でもゆるせる心がある
ということなんでしょう。

だから、
何をやってもゆるす、
とかでなく、

きっと、
何べんも何べんも
ゆるすとは言いながらも、

相手が「ゆるされる」ことで
調子に乗って道を外れる場面では、
しっかりと見抜けるくらい、
相手を知ることが
愛することでもあると考えます。

見抜くからこそ、
先を見通せるからこそ、
広い愛の心だからこそ、

ゆるすして待つこともできれば、
時には厳しくもできる。

今だけを見ているのでなく、
もっと先の進歩と成長が見えていて、
それにふさわしく対応できる。

そんな愛には、
まだまだ程遠いと感じますが、
愛のために、がんばりたい。

(参考)ひつじが丘(三浦綾子)

No.4067


こころの処方箋(河合 隼雄)

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