「苦しみたくなんかない」…

私たちは誰しも、
少なくとも主観的には
「苦しみたくなんかない」
と思っていることでしょう。

ところがその割には、
別に怒らなくても良いことで
怒ってわざわざ苦しんだり、
別に心配しなくて良いことを
心配してわざわざ苦しんだり、
別に後悔しなくて良いことを
後悔してわざわざ苦しんだりするのが、
私たちヒトという生き物の姿です。

(苦しまない練習、小池龍之介)

1、2度、
私も口にしたことが
あったように思うのですが、

子どもを怒るときに、

「なんで、怒らせることをするんだ!」

っていうセリフ。

たしかに、子どもは、
怒りたくなるようなことを
数々してくれます。

けれども、
怒るか怒らないかは、
大人の側の選択であることに
変わりありません。

もしも、大人に
「なんで、怒らせるんだ!」
と言う権利があるのなら、

子どもにも、
「なんで、怒らせるのよ!」
と言う権利を認めざるを得なくなる。

怒ってきたことすら、
人のせいにするクセの人間には、

それ以外にも、
心配すること、後悔することも、
自分の選択だったんですよ、
と言われることは、
ちょっとキツイところです。

しかし、それが現実。

苦しみたくない、と言いながら、
怒り、心配、後悔という
苦しむような思考回路に
働いてしまう人間。

そこを遮断しない限り、
なかなか、苦しみはなくならない。

そこに注がれそうになる
多大なエネルギーをもっと他のところに
注ごうとする気分転換ができて初めて、
人間は、苦しみから解放される。

頭の中での、大事業に思えます。

(参考)苦しまない練習(小池龍之介)

No.4231


人生の短さについて(セネカ)

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