出来事というものにも生みの親がある。…

わたしたちに父や母がいて、
彼らにもそれぞれ父や母がいるように、
出来事というものにも生みの親がある。
顔が似ている場合もあれば
似ていない場合もあるが、
とにかくすべてはつながっている。

そうして連凧のように連なった
出来事たちの先っぽには、
たしかに「発端」と呼ばれる
小さなかけらがあるけれど、
よくよく考えてみれば、それだって
単独で生まれたわけではないのだ。

(光、道尾秀介)

突然に起こった、
と思われる出来事でも、

それまで見えなかったところで、
何かしら進行していた場合が多い。
私たちが知らなかっただけ。

あるいは、
知っていたのに、
知らないフリをしていれば、
雲散霧消してくれるような期待を
していたって場合もあるだろう。

いずれにしろ、
出来事はつながっていることが多い。

もちろん、
つながっていないことを、
人間の思い込みで、
勝手につなげてしまって
複雑にしている場合もある。

なんで、
うまくいかないんだろう、
失敗するんだろう…

どうして、
自分だけなんだろう、
いつまで続くんだろう…

そんな疑問が湧いたら、
きっと、堂々巡りになる。

だいたいにおいて、
「なんで」「なぜ」「どうして」
と考えてしまうときには、
つながりが見えなくなっているから。

だから、見えないなら
見えないでいいのだ。
とりあえず、今を、
どうしようか、何をするかを考えて、
乗り越えていくうちに、
わかってくることも多いのだから。

(参考)光(道尾秀介)

No.5677


常識にとらわれない100の講義(森博嗣)

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