理解したいと思う気持ち、…

理解したいと思う気持ち、
本当は理解できなくても、
それを望む気持ちがある限り、
何とかなるんじゃないかな。

どうせ理解できないんだからって、
放り出したらそれでおしまいだろ。

(ヴァニティ、唯川恵)

分かり合える気持ち
っていうのは、ある意味、
錯覚かもしれない。

そういう理解が、
お互いを救うことも
あるように思います。

それは、
分かり合いたい、
分かり合おう、
分かり合わないと
幸せになれない、

というような思いが、
必死すぎて、強すぎて、
かえって気まずい関係を
つくってしまう場合も
あるからです。

おそらく、
その気持ちが方向を間違えて、

必要な時間をかけて
分かり合うことよりも、

「分かり合ってる状態」に
今すぐ到達しなければいけない、

みたいな強迫観念に
とらわれているためでしょう。

分かり合えたら、
たしかにいい。

けれど、
すぐにそれが出来る、
なんてことはあまりない。

必要な時間をかけて、
分かり合える自分を備えながら、
相手にも、そういう時間を与えながら、
分かり合っていく。

それが、きっと、
分かり合うということだと思う。

(参考)ヴァニティ(唯川恵)

No.5825


人生の短さについて(セネカ)

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