「満ち足りる」というときに、…

「満ち足りる」というときに、
すぐわれわれが考えるのは、
何か手に入れることの方だが、むしろ、
何も持たない者こそ満ち足りている。

(河合隼雄の幸福論)

期待を捨てることと、
希望を捨てることは、
微妙に違うと思う。

たとえば、
子育てにおいて、
自分の期待どおりの道を
歩んでくれないとしても、

この子はこの子なりに
自分の道を見つけ出して、
しっかり生きてくれるだろう
という希望は持ち続けられる。

直接何もできないとしても、
そんな希望を心に抱きながら、
見守ることができる。

自分の道についても
同様だろう。

実際、期待と希望という言葉自体は、
人それぞれの理解、とらえ方が
あるだろうから、

言葉の使い方うんぬんに
話を進めたいわけじゃない。

思いどおりになるような期待は
捨てて、今の自分には分からないが、
何かしら、いい道が
備えられているだろう、
という希望を持ち続けるのだ。

そういう意味で、
あきらめることと、
信じることは共存できるのだろう。

(参考)河合隼雄の幸福論

No.7409


モモ(ミヒャエル・エンデ)

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